
「此処は交通の便はあまりよくないが、浴客の多いことは不思議な位だと云(はれてゐる。秋田方面で夏油の湯と云へば、『ああ胃の湯か』と云って知らぬ人はない位である。
一名嶽(温泉とも云ひ、和賀川の支流夏油の水源地に近く、地も高く山も深く、一種の仙境をなし、
頗(る濛霧(の多い所である。旅館は一軒きりであるが、盛夏の候になると、三四百人もの湯治客が態々(
此(二千尺の山の湯に登って来て、大変な混雑を呈するのだ。冬は積雪
丈余(に達するから旅舎は閉鎖して
了(
う」。
昭和5年に発行された『日本温泉案内』のなかに、夏油温泉がこのように紹介されている。夏油は、秋田の玉川や黒湯とともに、東北三大秘湯に数えられてきた。宿の数こそ4軒に増えたものの、あとは70年前の記述とほとんど変わりない。江戸時代の温泉番付で、当時の最高位「東の大関」にランクされたこともある夏油は、
栗駒(
国定公園の一角、焼石連峰を源とする夏油川の渓流沿いに湯煙を上げる。現在でも、「夏油を知らずして、東北の温泉を語ることなかれ」とまでいわれる、みちのくを代表する秘湯であり名湯である。夏油には国民宿舎を含め4軒の宿があるが、「元湯夏油」が一番大きい。なにせそれぞれ4棟からなる旅館部と自炊部があって、ちょっとした温泉街を形成しているのである。
「元湯」というだけに、ここは温泉に恵まれている。館内に2カ所の男女別内風呂と河畔に5カ所の露天風呂があるうえ、贅沢にもすべて源泉が異なるのだ。しかも7本の源泉のうち4本は江戸時代から変わることない自然湧出の極上湯なのである。
「館内に内風呂があることを知らないお客さんが多いようです」とご主人が苦笑するほど、「元湯夏油」といえば露天風呂なのである。「湯治のお客さんも雨が降らないかぎり、必ずお気に入りの露天風呂に行きます」。
湯治場は基本的に、露天風呂を持たないものだ。ところがここでは湯治客は一般客に交じって露天風呂につかる。
それは、お湯の良さと夏油川が削った豊かな渓谷美が、精神的にも開放してくれるからに違いない。ここに来るたびに思うことだが、今日び夏油ほど女性がごく自然に混浴を楽しむ温泉場は珍しい。
実は、温泉浴にとって最も大切なのは、こうした雰囲気なのである。それは一級の秘湯である証といっていいだろう。ちなみに、夏油温泉発祥の風呂「大湯」にのみ女性タイムが設けられたが、残り4カ所の露天風呂は、いまも変わることなく混浴である。
ときには乳白色に変わる大湯は、熱いことで有名だが、熟成されたこの極上湯の感触がまた格別なのである。
おそらく夫婦であろう、混浴風呂で、中年の男性が女性の背中を流し始めた。めったに見られない実にいい光景であった。
温泉データ:夏油温泉
電話: 090-5834-5151(衛星電話)
住所: 岩手県北上市和賀町岩崎新田
料金: 1泊2食付 8,500円〜(2名1室利用) 外来入浴 400円〜
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